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上海由由(集团)股份有限公司(以下简称上海由由集团)山佳明董事长、山青峰.....
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今天(6/14)、从泰国来了泰国王立陆军看护学校的老师和学生们共43名来日考察学.....

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湖山医療福祉グループ 「カメリア藤沢SSTお正月PV 2019」 (社会福.....
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前几天去参加湖山医疗福祉集团的社会福祉法人绿爱会特别养护老人院Ō do ekur.....

【银座湖山日記】手提锅煮年糕

(2021/01/04)
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30年前,新潟县南端的滑雪场。

制造坦克的大企业和城镇成立了第三部门,开始经营滑雪场。

通过建造度假村来振兴城市。在全日本都很流行。

大企业用战车技术制造压雪车,用起重机技术制造升降机。

想把事业从坦克、喷气式飞机扩展到和平产业。

当时的大企业都热衷于开发高尔夫球场、滑雪场、酒店。

大家都倒闭了,现在没有了。至少换了经营公司。

和现在的老人院事业很像。

银座的医院承包了那家大企业的健康管理事务。

该企业将打造大型健康保养基地。

希望在那里建立银座的早午餐健康管理中心。

在滑雪、高尔夫、温泉齐全的观光地接受体检,接受运动疗法、体育项目、饮食疗法。

对于当时30多岁的我来说,这是一个梦幻般的企划。

当时,我去了瑞士、法国、美国的高级疗养地参观学习。

第一年,从圣诞节前到1月末,都在那片雪国度过。

日本第一的暴雪地带,NHK为此在那里建立分局的事也是那时知道的。

因为滑雪场的酒店是给客人用的,所以我租了一间位于市区农协超市附近的公寓。

年底正月,每天都自己做饭。

小小的铝锅,被炉上的台式炉灶。

那里是我的餐桌,所有能吃的东西都放在那里。

在味噌汤里放入年糕。

用剪刀边剪边放入菠菜。

最后的步骤是打一颗鸡蛋。

这个菜谱很完美,不会腻。

以前觉得甚至可以参加南极越冬队。

直到现在,我还能想起那个火锅的景色。

只要有年糕和味噌,日本人就能生存下去。

结束了越冬滑雪场的开发生活,回到东京。

在东京站,一到八重洲,人山人海。

我对人群感到恐惧。

有一种被卷入马群中的恐惧。

周围是被称为商务人士的机器人军团。

那时候,我感受到了在东京行走的人的表情的强大。

群众中的孤独就是指这件事吗?

第一次从乡下来到东京的人,竟然对人群感到恐惧。

这时,我才明白了从地方到东京赴任的人的心情。

后来,在新人欢迎晚会上,新人第一次坐飞机刚来到东京,就因为身体不适没能参加,有人陪着他回了故乡。

让人同情。

我只在山里闭关了一冬,就变得恐惧人群。

但是,那天晚上,我却沉浸在银座温暖的舒适的灯光中。

乡村的星空固然美丽,但故乡银座的霓虹灯还是让人怀念,温暖的心轻易地回到了故乡。

真是任性。

还是年轻。

在那之后的几年里,旅游泡沫破灭,那家大企业也撤回到丸之内。

城镇恢复了原来的大米、温泉、滑雪的乡村风景。

从那时起。

比起观光,当地的年轻人开始拿着工资照顾当地的老人,作为当地的法人,给当地减免税金。

我想是这样。

用现在的话说,就是地方创生。

通过介护事业。

创办当地的创新企业——介护事业。

比安倍总理的时代还早吧。

在那之后,我经历了一连串的艰辛,也经历了对人生的后悔,但之所以能走到今天,是因为当地的职员中有能与我产生共鸣的人。

今后只要还有同样的职员,事业就会继续存在吧。

但是,如果不是这样的话,当地的法人也会撤退,搬到其他地区去。

有未来的新天地,是指有理解湖山、追随湖山的伙伴的地域、城镇。

之后,湖山集团如歌般向北漂去。

现在,北海道的深处都有湖山集团。

不仅是地点的选择。

是有没有人理解湖山,追随湖山。

在苗场,用铝锅用勺子吃的,像雪山野营一样的煮

年糕,就是人生的煮年糕的味道。

这时,我打开公寓的窗户,手触到了积雪。

用雪煮了年糕汤。

也许是遭遇人生雪难时期,那时救了我的那些人,成了现在湖山的人们。

虽然现在成为了大法人,但最初是因为我的遇难和度假事业的破产。

那时的年糕汤就成了回忆人生的味道。

没有年节菜肴的今年正月。

我从今天开始在银座上班。

在百货商店里寻找没卖完的年货

今天为止,湖山职员新冠15人。

辛苦了,感谢你们。

~~~~~
湖山医疗福利集团 代表 湖山泰成

————-

【银座湖山日記】14手鍋の雑煮

30年前の新潟県南端のスキー場。
戦車を作っている大企業と町が第3セクターを設立し、スキー場経営を始めた。
リゾートで町起こし。日本中で流行っていた。
大企業は、戦車の技術で圧雪車を、クレーンの技術でリフトを。
戦車、ジェット機から平和産業へ事業を広げたかった。
当時の大企業はどこも、ゴルフ場、スキー場、ホテルの開発にのめり込んでいた。
皆、倒産して、今はない。少なくとも経営会社は変わった。
今の、老人ホーム事業に似ている。
銀座の病院はその大企業の健康管理を請け負っていた。
その企業が、大健康保養基地を作る。
そこに銀座のブランチの健康管理センターを作って欲しいとの依頼。
スキー、ゴルフ、温泉の揃った観光地で健診を受け、運動療法、スポーツ、食事療法を受ける。
当時の30代の私には夢のような企画。
当時、スイス、フランス、アメリカにあるような高級保養地迄見学に行った。
初年度、クリスマス前から、1月末迄、その雪国で、過ごした。
日本一の豪雪地帯で、NHKの支局がその為にある事もその時知った。
ゲレンデのホテルはお客さん用なので、街中の農協スーパーの近くのアパートを借りた。
その暮れ正月は、毎日自炊である。
小さなアルミ鍋に、炬燵の上の卓上コンロ。
そこが私の食卓、そこで食べられるものが全て。
味噌汁にお餅を入れる。
ほうれん草をハサミで切りながら入れる。
最後の仕上げは、卵を落とす。
このメニューは完璧で、飽きる事はなかった。
南極越冬隊にも参加できると思った。
今でも、その鍋の景色を思い出せる。
お餅と味噌さえあれば、日本人は生きていける。
その越冬スキー場開発生活が終わり、東京に帰京した。
東京駅で、八重洲に出ると人の波、群衆。
群衆に恐怖を感じた。
馬の群れに中に一人巻き込まれた恐怖を感じた。
周りはビジネスマンと言うロボット軍団の群れ。
東京を歩く人の顔つきの強さをその時は感じた。
群衆の中の孤独とはこの事か。
田舎から初めて上京した人が、人の群れに恐怖を感じるとはこの事か。
その時初めて、地方から東京に赴任した人の気持ちがわかった。
その後、フレッシャーズフェスで、新人が、初めて飛行機で東京に来た途端、気分が悪くなり、参加できず、付き添いと故郷に帰った人がいた。
同情できた。
私が一冬山籠りしただけで、人の群れが恐れに変わった。
但し、その日の夜には、銀座の灯りの暖かさの居心地の良さに浸った。
田舎の星空の美しさも良いが、やはり故郷銀座のネオンは懐かしい、暖かいと心は簡単に故郷に戻った。
勝手なものだ。
若かった。
その後、数年で、リゾートバブルは崩壊し、その大企業も、丸の内に撤退してしまった。
町は元のお米と温泉とスキーの田舎の風景に戻った。
その時からだ。
観光よりも、地元のお年寄りを、地元の若者が給料を貰ってお世話をし、地元の法人として、地元に税金を落とそう。
と、考えたのは。
今で言う、地方創生。
介護事業によって。
地元ベンチャーの介護事業の創設。
安倍総理の時代より早すぎたのだろう。
その後、苦労の連続で、人生の後悔の繰り返しだったが、今の今迄これたのは、地元職員の中に、私の共感者がいたからだ。
今後も同様の職員がいる限り、存続するだろう。
でも、そうでなくなったら、その法人も撤退して、他の地域に移る事になる。
未来のある新天地とは、湖山を理解し、求める仲間がいる地域、町の事。
その後、まさしく、歌のように湖山Gは北へ流れた。
今は、北海道の奥にまで湖山Gはいる。
場所の選択ではない。
湖山を理解し、求める人がいるかどうかだ。
あの、苗場で、アルミ鍋でスプーンで食べた、雪山キャンプのような雑煮が人生の雑煮の味だ。
その時、アパートの窓を開けると、根雪に手が触れた。
その雪を鍋にとって、雑煮を作った。
人生の雪山遭難の時期だったかもしれないが、その時私を救ってくれた町の人達が、今の湖山の人達となった。
今は大法人となったが、最初は、私の遭難、リゾート事業の破綻からだ。
そう言う時の雑煮が、思い出の人生の味となる。
お節料理のない今年の正月。
今日から、銀座に勤務する。
デパートで売れ残りのお節を探してみる。
今日迄湖山職員にコロナ15人。
御苦労様です。感謝致します。
湖山G代表 湖山泰成

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【コメント】

代表は30年前のスキー場で健康管理センターを設けた時の苦労談を述懐しています。

その時に質素な雑煮を味わった経験から地方育ちの人たちの気持ちが理解できたとのことです。

代表の、地方の方々に対する優しい思いやりによって、湖山Gは地方展開がうまくいったのだと思います

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愛生会 多摩成人病研究所
Taku ren(医療福祉経営学博士)
■mail:

taku-ren@naebafukushikai.com

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http://koyama-cn.com/?cat=11&paged=1

(湖山医疗福利集团 中国語HP 新着情報)

http://koyama-gr.com/?cat=53

(湖山泰成の逆転の経営 既成概念からの脱却)

http://koyama-gr.com/?cat=3

(湖山医療福祉グループ 日本語HP 新着情報)

http://www.youyouhushan.com/YouYouJ

(上海由由湖山養老投資管理有限会社 日本語HP)

http://www.youyouhushan.com/

(上海由由湖山养老投资管理有限公司 中国語HP)

http://www.kouseisou.jp/about/history.html

(愛生会 多摩成人病研究所)

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