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上海由由(集团)股份有限公司(以下简称上海由由集团)山佳明董事长、山青峰.....
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今天(6/14)、从泰国来了泰国王立陆军看护学校的老师和学生们共43名来日考察学.....

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【银座湖山日記】手机接收不到信号

(2021/01/08)

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今天在千叶县出席了特养老人院的开工仪式。

久违地实地前往。奔赴当地现场

去年的开工仪式和竣工仪式都是通过zoom进行的。

没能品尝到用当地食材、设施亲手做的料理,真是遗憾。

当地名产的日本酒也全部摆上。

虽然小生有所顾虑,但我想参加者都很期待。

今天的开设法人是30年前在鸟取县创立的法人。

首先开设了医疗法人,成立了老健,之后又开设了社会福利法人,在旁边的土地上建了特养老人院。

这家法人终于正式来到了千叶县。

法人名称是由当时的镇长命名的。

这个名字包含着期待,来自中山间地区的小镇,希望它在社会上展翅高飞。

现在回想起来,他还是个了不起的镇长。

他听说父亲是第一高等学校、东京大学医学部的毕业生,希望在他们鸟取的城镇开设一家老人保健机构,于是来到银座应聘。

他很尊敬父亲。

拉着课长来了两次银座。

镇长低头弯腰,真诚地向我和父亲请求。

现在回想起来,他还是个人格高尚的镇长。

我希望他能看到今天进军关东的开工仪式。

经过了30年与法人名命名字相符的发展,终于可以报恩了。

当时,我首先和东京的工作人员去了城市。

从机场开车过去,沿着山间河边的街道行驶。

一边跟银座打电话一边行驶,快进入中山间地区的时候,电话信号就传不过来了。

那个地区还没有docomo的基站。

还有些地区不能使用手机,我开始思考自己接下来要在这座城镇开设湖山设施的事。

设施建成后,父亲夫妇俩也去当地旅行,留下了美好的回忆。

后来,应邀到许多地方、中山间地区访问。

当时,正在推进连通市町村的手机信号的计划,在此过程中,也有很多当地的医生提出了申请。

也就是说,当时申请没什么人气的介护设施的医疗法人很少。

湖山一去,如果有外人来,就得在当地医师会办。

在行政上,多被用来走个形式。

但是,最终开设的城市,很多都是不通手机的。

去那看了之后觉得这个城市不行吧,因为电话信号很好。

以前开过这样的玩笑。

虽然知道这一点,但去一个陌生的地方,对只知道东京的我来说,还是很刺激的。

因为我的来访,当地的人举手同意,其实我心里也松了一口气,把计划让给了他们。

吃了美味,泡了温泉,高高兴兴地回京了。

我曾经有过像流浪艺人那样周游全国的时代。

每个法人都有当地的恩人,帮助他们克服出生之苦。

我没有忘记这些事。

“今天,我们终于从鸟取飞到千叶了,镇长。

眼泪止不住流。

今天为止,湖山职员新冠17人。

辛苦了,感谢你们。

~~~~~
湖山医疗福利集团 代表 湖山泰成

————-

【银座湖山日記】

18 携帯電話の電波は届きません

今日は、千葉県で、特養ホームの起工式に出席。
久しぶりにリアル。現地に赴く。
昨年は、起工式も、竣工式も、zoomでのオンライン参加だった。
地元食材の、施設手作りの料理を味わえないのが残念だった。
地元名産の日本酒も全て並ぶ。
小生は遠慮しているが、参加者は楽しみにしていたと思う。
本日の開設法人は、30年前に鳥取県で創設した法人。
まずは、医療法人を開設し、老健を立ち上げ、その後、社会福祉法人を開設、特養ホームを隣地に建築した。
その法人が、晴れて、千葉県にやってきた。
法人名は、当時の町長の命名。
中山間地の小さな町から、社会に羽ばたいて欲しいと言う期待を込めた名前。
今思っても、立派な町長だった。
父理事長を、第一高等学校、東大医学部出身と、聞いて、鳥取の我が町に老人保健施設を開設して欲しいと、招聘に銀座にいらした。
父を尊敬していらした。
課長を引きてれて、2度、銀座にいらした。
父と私は、平身低頭して律儀に真摯に要請される町長にほだされた。
今思い出しても、人格者の立派な町長だった。
今日の関東進出の起工式を見てほしかった。
法人名命名に相応しい発展を30年経って、やっとご恩返しができる。
当時、まずは、東京のスタッフと町を目指した。
空港から、車で行くわけだが、山の間の川沿いの街道を走る。
銀座と電話でやりとりしながらの道行だったが、そろそろ圏域に入る頃になると、電話の電波が届かなくなった。
まだ、ドコモの基地局がない地域だったのだ。
携帯の電話の使えない地域がまだあるのだ、とこれから自分が湖山の施設を開設する町の事を考えた。
施設が出来てから、父も現地に夫婦で旅行に行ったり、良い思い出を作った。
その後、多くの地方、中山間地に招聘されて訪問した。
当時、携帯の届く市町村は、計画を進める内に、現地の医師で、申請する人も出てくる事が多かった。
つまり、当時、人気のない介護施設を申請する医療法人は少なかった。
湖山が行くと、よそ者が来るなら、地元医師会でやらなければとなる。
行政に、当て馬に使われる事が多かった。
でも、結果、開設に至った町は、携帯電話の通じない町が多かった。
行ってみて、この街はダメだろう、電話の電波が良く入るから。
などと、冗談を言っていた事を思い出した
それが、わかっていても、見知らぬ地方を訪れるのは、東京しか知らない私には、刺激的だった。
私の来訪のせいで、地元から手が上がると、実は私は内心ほっとして、計画を譲った。
ご馳走を食べて、温泉につかって、喜んで帰京した。
私には、そんな、旅芸人のような全国行脚の時代があった。
どの法人にも、生みの苦しみを乗り越えるのに、地元の恩人がいた。
その事を忘れてはいない。
「今日、やっと、鳥取から、羽ばたいて、千葉迄たどり着きましたよ。町長。」
涙が止まらない。
今日迄湖山職員にコロナ17人。
御苦労様です。感謝致します。
湖山 泰成

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【コメント】

代表は30年前に出会った鳥取の町長のことを回顧しています。

当時携帯電話の電波さえ届かない地方の町にも、湖山の施設を開設したことは驚きです。

地方においても医療介護を普及させようとする熱意には本当に感心しました。

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愛生会 多摩成人病研究所
Taku ren(医療福祉経営学博士)
■mail:

taku-ren@naebafukushikai.com